今回訪れたのは、サントリー美術館主催の「没後300年記念 英一蝶―風流才子、浮き世を写す―」展です。江戸狩野派の一風変わった英一蝶作品を一気に堪能できる、貴重な今回の展覧会。本記事ではその魅力についてお伝えしながら、英一蝶の人物像や画風についても詳しく解説していきます。ぜひ最後までご覧ください!
本展覧会の概要
今回の「没後300年記念 英一蝶 ―風流才子、浮き世を写す―」展は、15年ぶりとなる英一蝶の大回顧展です。
英一蝶は江戸時代に活躍した絵師ですが、そのユニークな視点と洗練された筆致が現代でも多くの鑑賞者を魅了しています。
本展覧会では、1.多賀朝湖時代、2.島一蝶時代、3.英一蝶時代 の三部構成で彼の作品を巡るようになっており、一部の作品は写真撮影が可能です。一蝶の作品は繊細なタッチのものが多く、よく目を凝らさなければ見えない部分があるので、この機会に写真に収めておきたいですね。
英一蝶はどんな人?
英一蝶(1652−1724)は、もともと狩野安信(狩野探幽の弟)に師事していた江戸時代の絵師です。そののちに破門されてからは、「多賀朝湖」と名乗って風俗画を描きました。
ところが、何らかの事件により流罪となって、40代末から12年間伊豆三宅島で暮らすことに。この時期は、島の人々からの発注と江戸の知人たちからの発注の両方を受け生計を立てていました。これらの作品は、「島一蝶」と呼ばれ珍重されています。
その後恩赦で江戸へ戻り、「英一蝶」と名を改めて73歳でこの世を去るまで制作を続けたのです。
「多賀朝湖」、「島一蝶」、「英一蝶」。各時代の特色は?
江戸時代の狩野派というと、シンプルで余白の多い構図が特徴です。英一蝶はその画風を踏襲しつつも、独自の技法や題材で唯一無二の作品を生み出しました。
たとえば、「人物や動物の影」を描くこと。これは、従来の日本絵画にはあまり見られない技法です。また、「寺の柱に落書きする男とそれを眺める少年」や「目が不自由な人に悪戯をする子供たち」といった、洒落の効いた独特な題材を好んで描いたのも、一蝶らしさが感じられます。
多賀朝湖時代
この時代の一蝶は、江戸の吉原で太鼓持ち(=幇間。男芸者とも呼ばれる)として活躍するかたわら、都市風俗画の制作に勤しみました。
また、一蝶は俳諧にも精通しており、服部嵐雪や松尾芭蕉とも交流があったとされています。
今回展示されていた多賀朝湖の作品で印象的だったのは、筆使いの緻密さです。硬く艶やかな馬の毛並みから、ふわふわとした鳥の羽毛まで、丹念に描かれています。
また、この時代は墨画淡彩(水墨画に部分的に色をつける技法)の作品が多いです。
島一蝶時代
江戸五代目将軍の徳川綱吉による「生類憐れみの令」を皮肉ったとして、1698年に流刑となってしまった一蝶。ところが、その直後に真犯人が見つかったとされており、一蝶流罪の真相については未だ解明されていません。
配流先の三宅島で引き受けた仕事の多くは、信仰画や吉祥画(七福神や縁起物などを題材にしたもの)で、装飾が少なく慎ましい画風が特徴的です。
一方で、江戸の知人らから依頼されたものは、吉原など遊興が主な題材として採用されました。江戸から送られてきた金泥や質の高い紙などがふんだんに使われた、豪華な作品が多く見られます。
英一蝶時代
当時は通常、一度島流しになったら江戸には戻れないとされていました。しかし、綱吉の死後将軍交代の際に、一蝶は幸運にも恩赦で江戸に帰ることができたのです。
その帰路、船の上で一匹の蝶を見たことがきっかけで、「多賀朝湖」の名を捨て「英一蝶」に改名したと言われています(諸説あります)。
この時代に入ると特に、江戸狩野風の作品が多い印象を私は受けました。なぜなら、風俗画の数がグッと減り、仏画や古典的な物語絵が増えたからです。
とはいえ、後でご紹介する「雨宿り図屏風」は一蝶の風俗画の中でもトップに入る大作でしょう。
私が一番好きな作品!できることならずっと観ていたかった。
本展覧会の目玉作品
では最後に、展示作品の中でも特に人気の高いものと、筆者が個人的に好きな作品をご紹介しましょう(著作権で許可が下りているもののみ、画像を添付します)。
多賀朝湖時代
- 仁王門柱図(個人蔵)
→寺の柱に落書きする男と、それを眺める少年を描いたもの。一蝶のユーモラスな着眼点が光る一点。 - 風流女福禄寿図(旧ピーター・ドラッカー山荘コレクション所蔵)
→福禄寿を、お多福に見立てた絵図。お多福で「福」、白鹿で「禄」、松の樹で「寿」を表現。
島一蝶時代
- 吉原風俗図巻(部分、場面替有り)(サントリー美術館所蔵)
→江戸の遊郭である新吉原の風俗を描いたもの。襖越しに見える人物の影まで細かく描かれていたのが、印象的でした。 - 布晒舞図 (遠山記念館所蔵、重要文化財)
→「さらし舞(布を用いて波などを表現する舞)」を踊る若衆歌舞伎役者の絵。ひらひらと広がる布の半透明さと、舞妓の衣の赤の対比が美しく表現されていました。
英一蝶時代
- 雨宿り図屏風(東京国立博物館所蔵)
→突然降り始めた雨で、さまざまな階層の人々や動物までもが、一つ屋根の下で雨宿りをしている場面。「突然の災難に見舞われたら、人は老若男女階級など関係なく運命を共にする」というメッセージを、一蝶は伝えたかったのはないでしょうか。
- 舞楽図・唐獅子図屏風(メトロポリタン美術館所蔵)
→舞楽図のみ写真撮影可。大画面でも活かされる、一蝶特有の繊細な筆致が印象的な作品。人物が身につけている衣の模様がとても細かくて、ついじっと観察してしまいます。
まとめ:英一蝶作品は、純粋に「面白い」!
いかがでしたか?今回の探訪を通して、英一蝶の人生や作品についての知識を深められたでしょうか。
筆者はこの展覧会を回っていて、思わずクスッと笑ってしまう場面が何度もありました。そして同時に、一蝶の市井を見つめる視点の温かさをも感じることができ、これまでにない鑑賞体験だったなと思います。
英一蝶について詳しい方もそうでない方も、誰もが楽しめる今回の展覧会にぜひ足を運んでみてくださいね!
展覧会情報
- 場所 サントリー美術館
- 会期 2024年9月18日〜11月10日(会期中展示替あり)
- 入館料 一般:1700円 大学・高校生:1000円 中学生以下無料
- 休館日 火曜日(11月8日は開館)
- 開館時間 10時〜18時(金曜日・11月9日:20時まで 9月27・28日:22時まで)
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